『晩夏』を読む

okagou2005-06-29

 アーダルバートシュティフターの『晩夏(Der Nachsommer)』を昔原書と邦訳両方手に入れたわけだが、今は原書をじっくり読む時間などないので、情けないが邦訳で読んでいる。ニーチェが「ドイツ文学の至宝」と評した小説であるが、読んでいて思ったことは一言でいうなら「山の清水よりもはるかに純粋できれいな水を飲む」といった感じである。人間の世界は明の部分と暗の部分が複雑に絡み合うことでいろいろなドラマが生まれるわけだけど(勧善懲悪の小説だってそうである)、この小説の世界はまさしく明の部分からのみ成り立つ稀有な小説である。もし芸術というものが自然を模倣しつつも人間しか作れないものを創造するというものであるなら、この小説はまさしく芸術といえるだろう。もちろん多くの魚が山の清水にすめないように、現実の人間は彼が描く世界になど住めるわけがない。変な意見なのかも知れないが、サドの小説が描く世界がありえない純粋なる悪の世界なら、彼の小説は存在し得ない純粋なる善の世界という完璧な対をなしているのかもしれない。